熊本城天守閣への特別公開南ルート(特別見学通路)を紹介(被災状況)

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2023年8月4日(金)に熊本城天守閣の見学に行ってきました。現在熊本地震の影響を受けて天守閣に行くには特別見学北ルート(日祝のみ)、特別見学南ルート(終日)に分かれており訪問した当日は平日ということもあり特別見学南ルートから入城することになりました。

今回のブログでは特別見学南ルートを通り熊本城天守閣に行くまでの間に見れる熊本地震被災状況などを紹介していきたいと思います。

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【二の丸駐車場】


熊本城天守閣に行くのに一番便利な「二の丸駐車場」にレンタカーを駐車します。
(他にも三の丸第一駐車場・三の丸第二駐車場あり)

●駐車料金(二の丸駐車場)
2時間まで200円(以降1時間毎100円加算)
●営業時間
【4月~10月】08時00分~18時30分
【11月~3月】08時00分~17時30分

二の丸駐車場から熊本城天守閣(北口)へ行く事は可能なのですが、こちらのゲートは《日祝のみ開放》となっておりそれ以外の曜日については天守閣(南口)のみからの入城となっています。


駐車場エリアに熊本城周辺案内図があったので熊本城天守閣(南口)へのルートを確認してみます。

「二の丸駐車場」から熊本城天守閣へ行くには断然、北口ルート(赤線)を通った方が早く行けそうですが閉鎖中(日祝のみ通行可)ということもあり南口ルート(青線)で行く事になりました。

【熊本城天守閣(南口)入口へと移動】


先程の案内図にある青線ルートで行く事になるので一旦、駐車場から抜け出し一般道(法華坂)を通り抜け南口へと進んで行きます。


現在は、一般車両の通行は禁止されておりバリケードで区切られた左側を無料シャトルバス(城彩苑~二の丸駐車場)が走っており歩行者はバリケードの右側を通行することになります。

【未申櫓(ひつじさるやぐら)】


歩行者用通路を歩いていると「羊申櫓」が見えてきます。さらに石垣の方に目を向けると熊本地震の影響を受けて石垣が崩れているのが分かります。

「羊申櫓」は西出丸の南西角にある三階櫓です。江戸時代には方角を干支の動物で表すことがあり、南西を意味する「羊申」の名がつけられています。櫓は明治時代に解体されましたが、2003年に木造で復元。塀で囲まれたこの一角は役所機能が集められ「奉行丸」とも呼ばれ2016年の熊本地震では石垣や塀が至る所で崩れました。(現地案内板より引用)

【法華坂】


さらに法華坂を進んで行く右手に「城彩苑(観光施設)」に行く為の階段があります。

「二の丸駐車場」から4分程歩いた位置


「城彩苑」と「熊本城二の丸広場」を結ぶ無料シャトルバスとすれ違います。


熊本地震発生前まではこちらの交差点の右側(行幸坂)から車で来ることも可能でしたが現在は一般車両の通行は出来ず(無料シャトルバスのみ)歩行者専用となっていました。

【奉行丸南東石垣復旧状況】


2016年の熊本地震では先程の交差点の角にあたる「奉行丸南東隣角」の石垣が崩落していました。

2016年熊本地震により奉行丸南東隣角部分の石垣が崩落しましたが、現在は崩落した石材を回収し被害拡大を防止する為に、モルタルで養生をされ残った石垣にはネットを張り安全対策が施されているようです。(現地案内板より引用)

【熊本城(南口)から入城】

《熊本城入園券》
個人:高校生以上800円 小・中学生300円
団体:高校生以上640円 小・中学生240円
《施設共通入園券(2館共通券&3館共通券)》あり
入園券の詳細はこちらをクリック
(webによる事前チケット購入サービスもあり)
熊本城を案内(城彩苑・二の丸から天守閣前広場または加藤神社までの片道約45分)して頂けるガイドツアーがなんと無料で提供されています。

南口券売所で購入したチケットのQRコードをスキャンしてもらいます。
南口券売所横にあるこちらの階段を上がって行きます。(特別公開南ルート)

熊本地震の後、建物や石垣の被害状況(復興状態)がより分かりやすいように観光ルート用に新しく特別見学通路が設けられたようです。

【数寄屋丸】


階段を上り特別見学通路に辿り着くとまず目に飛び込んでくるこちらの建物(被災前の写真)
天守南西に位置する数寄屋丸の石垣が見えますが「数寄屋丸」という名称から、茶会などが開催されていたとみられています。1989年に木造で復元された数寄屋丸二階御広間の西には、数寄屋丸五階櫓台石垣や二階御広場があります。(現地案内板より引用)

2016年の熊本地震で五階櫓台の石垣や二階御広間の石垣などが崩落し、えぐられたような状態になっているのが分かると思います。


石垣の一部が崩れ建物にも被害が出ており「ひび割れ」や「たわみ」が出来ているのが分かると思います。

【天守と本丸御殿】

「数寄屋丸」の位置から特別見学通路を数十メートル進むと「天守閣と本丸御殿」が見えてきます。

正面には築造年代が異なる石垣が重なる「二様の石垣」と、復元された本丸御殿大広間が位置します。飯田丸から天守方面への通路には、地蔵櫓門と呼ばれる三階建ての櫓門がありました。門を抜けて石段を上ると正面に宇土櫓がある平左衛門丸、左手に数寄屋丸、右手には天守がそびえていました。(現地案内板より引用)

加藤清正の手によって築城(1607年)された熊本城の天守閣が正面に見えてきました。
その右手には2007年に復元完成した本丸御殿(現在は見学不可)があり、本丸御殿から少し左側に張り出している数寄屋の部分は今回の地震で石垣が沈下してしまい今後修復が必要となっています。


今回の熊本地震により本丸御殿の壁や床が破損したものの「昭君之間」の障壁画は無事であり、現在は石垣と建物の修復工事が行われておりまた数年後、本丸御殿の見学が出来るのではないかと思います。

【飯田丸】


2016年の熊本地震当時、テレビ中継などでこの一本石垣を見ていましたが余震が長く続く中、よく踏ん張りバランスよく持ちこたえられ櫓を崩すことなく残存できたのは奇跡ではないかと思いました。

南に竹の丸、西に南坂(現在の行幸坂)を望み、本丸の南西を防御する曲輪です。2016年の熊本地震で飯田丸五階櫓石垣の南面と東面の一部が崩落しその結果、南東部隅石のみで櫓を支えた状態になったので「奇跡の一本石垣」呼ばれていました。(現地案内板より引用)

現在は飯田丸五階櫓や石垣は完全に解体され、今後石垣の積みなおしを行い建物の復元はその後になるのだそうです。

一番奥に見える大きな木は「楠」樹齢800年ともいわれ熊本城築城前から生えていたのではないかと言われています。

【連続桝形】

竹の丸から飯田丸への通路は西竹の丸五階櫓を中心に6回折れ曲がり通路途中で元札櫓門の2つの櫓門によって遮られる構造となっていました。通路まわりの石垣上には、五階櫓や櫓門の他に三階櫓や塀があり攻め手にとって突破は困難な構造でした。(現地案内板より引用)


2016年の熊本地震で石垣が崩落した場所にはモルタルで養生をされ安全対策が施されています。

石垣が高く積み上げられていて敵の進入を強固に阻む熊本城の特徴を最も表した場所です。(違う角度からみた連続桝形の通路)

【二様の石垣】

・右側の反りの部分が加藤清正時代の初期の石垣
・左側の拡張した反りの部分は加藤忠弘(息子)時代の石垣ではないかと言われてきているのだそうです。

【東竹の丸の櫓群】

倉庫のように見える建物は江戸時代(約400年前)から残る建物であり、国の重要文化財にも指定されている貴重な建造物となっています。中でも南東部分には5棟が連続していて、北側から源之進櫓、少し空いて四間櫓、十四間櫓、七間櫓、田子櫓と並び連続する櫓として本丸南東方面を防衛していました。(現地案内板から一部引用)

【特別公開南ルート(特別見学通路)】


2016年の熊本地震前には当然なかった今回の特別見学通路が完成されたことで熊本城を違った角度から見学(被災状況)することができとても勉強になるルートだと思いました。このまま進み熊本城天守閣方向へと移動して行きます。

熊本城天守閣はさらに高台にある為こちらの階段を上って行きます。350メートルあった特別見学通路はまもなく終点へと近づいて行きます。

階段を上り東側をみると阿蘇方面を望むことができます。

【本丸御殿】


階段を上がって来ると「本丸御殿」と特別見学通路の高さが同じになり同じ目線で見る事ができるようになります。
最上段に建てられた「本丸御殿」は、儀礼や藩主の政務などが行われた建物です。石垣と石垣をまたぐ建物で、床下には「闇り通路」呼ばれる地下通路がありました。本丸御殿の南東部分にあたる「大御台所」のすぐ外には井戸があり使い勝手の良さが分かります。(現地案内板から引用)
熊本地震の影響で壁が崩落しているところがありまだまだ修復には時間がかかりそうですね。

本丸御殿の下を通過することができる通路があるのでこちらを通っていきます。

【闇り通路】

本丸御殿は2つの石垣を跨ぐように建っている為、地下通路を有する特異な構造となっています。その地下通路は昼間でも暗いことから「闇り通路」と呼ばれています。その上部の屋根は唐破風となっています。(現地案内板から引用)


現在歩いてきている通路を中心に左側を見た「闇り通路」


同じく通路の右側を見た「闇り通路」

「本丸御殿」の下を通り地上に出てくると熊本城天守閣が大きく見えてきます。
夏ということもあり広場にはミストが噴射されており涼しさを提供してくれています。

天守閣の真下まで来ると圧巻です。

天守閣の石垣(写真正面)も熊本地震により崩落となり、その復旧作業に至っては石垣の測量と修復履歴を調査し、次に崩落石材や不安定な状態で残った石材を回収しました。回収した石材の一部は、西南戦争開戦直前の火災の影響で脆くなっていたため、接着剤で補修し、再利用できない石材は新しい石に取り替えました。その後、石垣をどこまで解体し修理するべきかなど詳細な検討を行い積み直しを実施しました。(現地案内板から引用)

天守閣前の広場には大きなイチョウの木があります。
加藤清正お手植えと伝わるイチョウは1877年の火災により、天守や本丸御殿などとともに焼失しました。その後イチョウの根元から新芽が出て成長し、現在は大イショウとして親しまれています。焼けたイチョウは大イチョウの脇に残り、火災の激しさを物語っています。銀杏を非常食にしたとも言われていますが、雄の木で実はなりません。(現地案内板から引用)

【まとめ】

熊本地震が発生した2年後の2018年に一度熊本城を訪問したのですがその当時においては、城内には全く入る事ができず遠目から眺める程度に制限されていたことを考えると今回は特別見学ルートが設けられており被災状況などの案内板も設置されており修復されている様子を見学することができとても勉強になるコースとなっていました。

今後、本丸御殿の修復工事が完了するとさらに見学できるコースが増えてくると思うので気長に待ってまた訪問したいと思いました。